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おそらくすべての人々にとって、特に不幸によって傷つけられた人々にとって、悪の根源は夢想です。
それは不幸な人々の唯一の慰め、唯一の富であり、時間の恐ろしい重みを担うための唯一の助けなのです。
まったく無邪気な、それに欠かすことのできない助けなのです。どうしてそれなしで済ますことができましょう。
夢想にはただ一つ不都合な点があります。それは現実的でないということです。
真理に対する愛から夢想を放棄すること、それはまさに、
狂熱の愛をもって夢想が与えるすべての富を投げ打ち、<真理>の化身に従うことなのです。
それこそまさに自分自身の十字架を担うことにほかなりません。時間が十字架なのです。

ぎりぎりの瞬間に近づくまでそのようなことをしてはいけません。
むしろ夢想をあるがままに認識しなければいけないのです。
そして夢想によって支えられているあいだでも、つぎのことを片時も忘れてはなりません。
夢想が子供っぽくて外見はどんなに無害に見えようと、あるいはそれが真面目なもので、
美術、愛、友情(多くの場合、宗教を含めて)に関連を持ち、そのために外見は非常に尊敬すべきものに見えようと、
要するにどんな形態をとっていようと、夢想は虚偽であるということを、片時も忘れてはならないのです。
夢想は愛を排除します。愛は現実のものだからです。

(シモーヌ・ヴェイユ / ジョー・ブスケへの手紙)




私たちの現実の人生は、四分の三以上も、想像と虚構から成り立っている。
善や悪と本当に接触するなどということは、まれにしかない。

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人間は、想像のために、霊と肉とが分離しているのである。
私たちの中でサタン(悪魔)から生じてきたものが、想像である。

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この世の様々な事柄についての幻想は、存在に関するものではなく、価値に関するものである。

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想像力は、いつもある欲望に、すなわち価値に結びついている。
ただ、対象のない欲望には、想像力はむなしく欠けている。

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必然は、もともと想像的なものとは、関係がない。
知覚において実在的であり、夢との区別ができるのは、感覚ではない。感覚に包みこまれている"必然"である。
霊的生活においても、幻想と真実は、同じようなぐあいにして見分けがつく。
知覚において実在的であり、夢との区別ができるのは、感覚ではなく、必然である。
洞窟に中にとどまったまま、目を閉じて、旅の夢想にふける人々と、実際に旅をする人々との区別。
霊的なものの中にも、実在的なものと想像的なものがあり、ここでもまた、"必然"がその違いを見てとる。
単なる苦しみだけではだめである。というのは、苦しみには想像上のものがあるからである。
人間の内なる感情となると、これほど人を誤らせるものはない。

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霊的な領域では、どのようにして、実在的なものと想像上のものとを区別したらよいか。
想像上の天国よりも、実在の地獄のほうが望ましいと思わねばならない。

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均衡を求めるのはいけない。想像でそうしているにすぎないのだから。復讐はそうだ。
たとえ、実際に自分の敵を殺したり、苦しめたりしていても、ある意味では想像でそうしているにすぎないのだ。

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人々は、私たちが想像でつくりあげたものとは違ったものである。
このことを承認するのが、神のわざとしての自己放棄をまねることになる。
私もまた、自分でそうだと想像しているものとは違ったものである。
このことを知るのが、許しである。

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恩寵が入ってこられそうな全部の割れ目をふさごうと、想像力はたえず働きかけている。

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真空を満たすものとしての想像力は、もともと偽物しか提供しない。
それは、第三の次元を取り去ってしまう。
なぜなら、ただ実在するものだけが、三つの次元の中にはまっているのだからである。
想像力は、多様な関係を取り去ってしまう。

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真空を満たすものとしての想像力が押しやるままに、行動するということ。
そこには、善とか神とかのレッテルをも含めて、ありとあらゆるレッテルを、
それもどうかするといかにも本物らしく貼り付けることができる。
真空を満たすものとしての想像力の働きを停止させ、ものとものとの関係に注意を向けるならば、
必然が現われ、それには従わずにはすませない。
そのときまではも必然について何も知らず、服従の気持ちもなかったのである。

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すべて快楽への欲望は、未来に属し、幻想の世界に属している。
ひとりの人が存在するようにと望みさえすれば、その人が存在するのだとすれば、
このほか、これ以上に何を望むことがあろうか。
そのとき愛するその人は、想像の未来に覆い包まれていず、裸のままで、現実に存在する。
守銭奴が自分の財宝を見つめるときには、いつも必ず、n倍の大きさに増えているさまを想像する。
裸のままのものを見ることができるには、いったん死んでいなくてはならない。

(シモーヌ・ヴェイユ / 重力と恩寵)