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自分の財宝が奪われた守銭奴。
凍りついた過去が奪い取られたのである。
過去と未来、それだけが人間の財産。

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過去と未来とは、想像力をはせて高揚した感じにふけるには、
限りない場を提供してくれて、不幸の有益な働きかけを妨げるのである。
だから、過去と未来とを捨て去るのが、捨て去るということでは、まず第一にすべきことである。

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未来。それは、明日やってくるだろうと、人は思っている。
それがもう決してやってくることはないだろうと、思うようになるまでは。

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時間と洞窟。洞窟から出ること、執着から離れることは、
もう未来のほうへと向かうのをやめることである。

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期待していた楽しみが現実になったのに、それに失望させられることがあるが、
その原因は、未来に対して期待を寄せていたからである。
そして、未来はひとたび現前すると、それは現在になる。
未来が未来であることをやめずに、現前してくれることが必要なのだろう。
そんなことは不条理であり、ただ永遠のみがそこから救い出してくれる。

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時間は暴力をふるう。これこそが、ただひとつの暴力である。
時間は、人が行きたくないところへ連れて行く。
私に死刑の宣告がくだされたとしよう。
待っているあいだに、時間がとまるならば、私は処刑されないだろう。
どんなにおそろしいことが起こるか知れたものではないのだが、
時間がとまり、星の歩みがとまるようにと望むなどということが可能だろうか。
時間の暴力は、たましいを引き裂く。その裂け目を通って、永遠が入ってくる。

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時間が、考える存在としての人間を、どうしようもなく、とうてい耐え切れるはずのないもの、
しかも必ずやってくるもののほうへと連れ去って行くこと。
流れていく毎秒毎秒が、この世にいるひとりの人間を、
何かしら耐え切れないもののほうへと引きずっていく。

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あらゆる問題が、時間に還元できる。
非情な苦痛。方向づけられていない時間。地獄への道、または天国への道。永続性または永遠性。

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時間は正確にいえば、存在しない。
しかしながら、私たちは、それに従属している。
こんなのが私たちの条件なのである。
私たちは、存在もしないものに従属している。
受動的に耐え忍ばねばならない時間─肉体の苦痛、待つこと、後悔、良心の呵責、恐怖─などにせよ、
操作される時間─命令、方法、必然など─にせよ、
どちらにしても、私たちの従属せねばならぬものは、存在しないのである。
だが、私たちの従属ということは、存在する。
私たちは、実在しない鎖によって、現実に縛られている。
時間は、実在せず、すべてのものを、また私たちを非実在のおおいで包みこむ。

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時間におびやかされているものはすべて、死なないために、
死の危険が多いか少ないかに応じて、嘘を分泌している。

(シモーヌ・ヴェイユ / 重力と恩寵)