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私は無であることを愛さねばならない。
私がなにものかであったりすればなんと醜悪なことだろうか

(シモーヌ・ヴェイユ / カイエ 2)




負い目を許すこと、未来にどんな代償も求めず、過去をそのまま受け入れること。
今ただちに、時間を停止させること。それはまた、死を受け入れることでもある。
この世から脱して、むなしくなること。しもべ(奴隷)の本性を身にまとうこと。
時間と空間の中で自分の占めている一点にまで小さくなること。無になること。
この世の架空の王権を脱ぎ捨てること。絶対の孤独。
そのとき、人はこの世の真実に触れる。

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全体の中で、真の自分の場所にいることができるために、無となること。

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植物の段階にいたるまで、無となること。そのとき、神が糧となる。

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自分が無であることをいったん理解したならば、あらゆる努力の目標は、無となることである。
この目的をめざしてすべてを耐え忍び、この目的をめざして働き、この目的をめざして祈るのである。
神よ、どうか私を無とならせてください。私が無となるにつれて、神は私を通して自分自身を愛する。

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自分を根絶やしにしなければならない。
木を切って、それで十字架を作り、次には日々にそれを負わなければならない。

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社会的にも、生物としても、自分を根絶やしにすること。
地上のあらゆる国から、追放された者となること。
自分を根絶やしにするのは、さらに多くの実在性を求めることになる。

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私の中にあるエネルギーだとか、天分だとかが、いったいどれほど大切なものなのだろうか。
そんなものには、つねづねうんざりしているから、私は消え去るのだ。

(シモーヌ・ヴェイユ / 重力と恩寵)